2016年01月29日

ウォーリック城壁、東面

ヴェネツィアの町の景観をきわめて詳細に描いた画家として最もよく知られているジョヴァンニ・アントニ・アントニオ・カナーレ、通称カナレットは、1746年から1756年までの10年間を口ンドンで過ごし、口ンドンの町や
イギリスの田舎を英国の後援者たちのために描いた。

ブルック卿、後のウオーリック伯爵フランシス・グレ
ヴィユのために、2枚の東面のものを含め、5枚のウォ
ーリック城の眺めを描いた。この軽やかな光に満ちた
素描は、これもブルック卿のために制作され、現在,べ
ーミンガムの市立美術館および画廊にかかっている絵
画のための準備デザインとして使われた。
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2016年01月19日

ダヴィデ王の頭部

本作品は、バリのノートル・ダム大聖堂のサン・アン
ナの屍口の脇柱に施されていた彫刻のうち、唯一現存
する頭部である。フランス革命で破壌される以前の扉
口の彫像をあらわす銅版画から維昭された●きめの細
かい石灰岩に彫Mした頭部には、大理石のような光沢
があ3。大きな丸い目に深く刻みこまれた睦には、木
来は知がはめ込まれていた。柔らかさを感じさせ3肉
づきのよい頬が、力強い頬骨と激しい目と対照をなし
ている。この荘厳な頭像の様式は口マネスク様式から
ゴシック様式へと変選する過渡期にあたリ、当初はこ
の大聖堂の敷地に1124年から1150年の間に再注された
サン=エティエンヌ聖堂のための作品だった可能性もあ
る。
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2016年01月12日

「聖母戴冠」と「最後の審判」のディブティク

このディブティクに連相の珍しい点は、彫りの深さと精巧さに加え、並列された平つの場面にある。コシック時代の聖堂尿口の彫刻で「聖母敵冠」と「最後の番判」がともに表現されることは珍しくないが、象牙彫刻においてはまれである。
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図像的にさらに興味深いのは、天使によって天国へ導かれる托鉢修道士(宮廷の宗教生活で検極的な役割を果たした托鉢修道会の一員)と、そのあとにつづく王と口ーマ教皇の姿である。パリ派の金エ品やモニュメンクルな彫刻との比較みも、この象牙彫刻は13世紀半ばより少しあとの作品と考えられる。
posted by ft5hu7s1 at 17:01| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする